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還暦の熊野古道中辺路106km巡礼― 滝尻王子から熊野三山へ、挫折から始まったよみがえりの道 ―

2025年、還暦を迎えた春。
私は熊野古道中辺路106kmの巡礼を歩きました。

しかし、その巡礼は
最初から順調だったわけではありません。

初日の剣ノ山で膝を痛め、
巡礼は一度、道の駅近露で終わりました。

それでも半年後、
私は再び熊野の山へ戻ることになります。

目次

序章 還暦の春、熊野へ

2025年の春、私は熊野古道中辺路を歩き始めました。
巡礼の出発点は、田辺市にある滝尻王子です。

ここは熊野古道中辺路の入口ともいえる場所で、古くから多くの巡礼者が歩き始めた地点でもあります。

その日の天気は曇り。
気温は最低10度、最高20度ほどで、春らしいやわらかな空気に包まれていました。

高原霧の里休憩所では、
鳥やウグイスの鳴き声が山に響き、
沢の水のせせらぎが静かに流れていました。

棚田の向こうには、幾重にも重なる山並みが広がり、
これから熊野の山へ入っていくのだという実感が、ゆっくりと湧いてきました。

私はその年、還暦を迎えていました。

六十年という年月を生きてきましたが、
まだ自分は歩けるのだろうか。

熊野の山道を越えていくことができるのだろうか。
そんな思いを胸に、歩き始めました。

しかし、熊野の道は決して甘くありませんでした。

滝尻王子から剣ノ山へ向かう最初の急登で、
すぐに左膝に痛みが出ました。

なんとか登りましたが、
その後も痛みは強くなり、
私は初日のうちに道の駅近露で巡礼を断念することになりました。

しかし今振り返ると、あの挫折こそが、この巡礼の本当の始まりだったのかもしれません。

熊野巡礼は、ここで終わったかのように思えました。
しかし、その後の出来事が、この巡礼の意味を大きく変えていきます。

私は東京・三鷹にあるロングハイキング専門店
ハイカーズ・デポのオーナー土屋さんに相談しました。

土屋さんは、私にスポーツトレーナーを紹介してくださり、
そこから身体の使い方を一から学び直すことになりました。

トレーナーの指導を受けながら、
筑波山での登山トレーニングを重ね、
少しずつ山を歩く身体を取り戻していきました。

そして半年後の11月。
私は再び熊野を訪れました。

道の駅近露から歩き始め、
熊野本宮大社、
小雲取越、
大雲取越を越え、
熊野那智大社、熊野速玉大社まで、
およそ93kmの巡礼を歩き終えることができました。

こうして、4月と11月に分けて、
熊野古道中辺路およそ106kmの巡礼を結ぶことになりました。

今振り返ると、
この巡礼は単なる山歩きではありませんでした。

それは、
還暦を迎えた一人の僧侶が、
もう一度人生を歩き直すような巡礼でもあったように思います。

これから、その道のりを
熊野の山の空気を思い出しながら
少し書いてみたいと思います。

合掌

第一章 身体が試される道 ― 剣ノ山の急登

・急な登り
・水を捨てる
・膝の痛み

滝尻王子を出発すると、
熊野古道はすぐに山へと入っていきます。

最初の難所は、剣ノ山へ向かう急な登りです。

山道は想像していた以上に急で、
歩き始めて間もない身体にはなかなか堪えました。

坂を登っていると、
後ろから来たハイカーたちが、次々と私を追い越していきます。

自分の歩みの遅さを感じながら、
ただ一歩ずつ足を前に出していきました。

ザックの重さも、次第にこたえてきました。

少しでも軽くしようと思い、
私は持っていた水を少しずつ捨てていきました。

山を登りながら水を捨てるというのは、
普通ならあまり考えないことかもしれません。

それほど、この坂は身体にこたえていたのです。

やっとの思いで剣ノ山(標高371m)に辿りついた時には、
すでに左膝に痛みが出ていました。

まだ巡礼は始まったばかりです。

それでも、
「少し休めば歩けるだろう」

そんな気持ちで先へ進みました。

しかし、痛みは次第に強くなっていきました。

坂を下るたびに膝に響き、
歩くことそのものが辛くなっていきます。

そして、もう一つ困ったことが起きました。

登りの途中で水を捨ててしまったため、
後半になって水が尽きてしまったのです。

喉の渇きも重なり、
身体の疲れはさらに増していきました。

その時、私の頭に浮かんでいたのは、
ただ一つの言葉でした。

「きつい」

それ以上でも、それ以下でもありません。

やがて私は、
道の駅近露で巡礼を断念することになります。

まだ初日でした。

これ以上歩くことは、
どう考えても無理でした。

熊野古道巡礼は、
こうしてあっけなく終わったかのように思えました。

しかし、今振り返ると、
この挫折こそが、
巡礼の本当の始まりだったのかもしれません。

第二章 もう一度歩くために

・悔しさ
・ハイカーズ・デポ
・筑波山トレーニング

道の駅近露で巡礼を断念したとき、
私の胸に残っていたのは、ただ一つの感情でした。

悔しい。

熊野古道を歩くために和歌山まで来たのに、
初日のうちに断念してしまった。

まだ道は始まったばかりでした。

左膝の痛みは強く、
あのまま歩き続けることはどう考えても無理でしたが、
それでも悔しさは消えませんでした。

このまま熊野巡礼を終わらせてしまってよいのだろうか。

そんな思いを抱えたまま、
私は東京・三鷹にあるロングハイキング専門店
ハイカーズ・デポを訪ねました。

オーナーの土屋さんに相談したのは、
とても単純なことでした。

「左膝が痛くて歩けないのですが、
どうすればよいのでしょうか。」

土屋さんは私の話を聞くと、
スポーツトレーナーを紹介してくださいました。

そこで私は、
山の歩き方を一から学び直すことになります。

トレーナーの指導は、
とても意外なものでした。

膝を守るためには、
膝を鍛えるのではなく、
股関節とお尻を使って歩くというのです。

山歩きは、
ただ足を前に出せばよいわけではありません。

身体全体の使い方が大切なのだと、
初めて知りました。

その後、トレーナーの指導を受けながら、
筑波山で登山トレーニングを始めました。

筑波山は標高877メートル。

日本百名山の中では最も低い山ですが、
実際に登ってみると決して簡単な山ではありません。

特に急登は険しく、
何度も息が上がりました。

それでも、
少しずつ身体の使い方が分かってくると、
歩き方が変わっていきました。

そして半年後の11月。
私は再び熊野の地に立っていました。

あの日、巡礼を断念した
道の駅近露です。

熊野の山を見上げながら、
私は思わず心の中でつぶやきました。

「戻って来たぞ。」

半年前、
私はこの道を歩くことができませんでした。

しかし今、
もう一度熊野の山に立っています。

ここから、
本当の巡礼が始まろうとしていました。

第三章 熊野本宮大社 ― 巡礼の中心

熊野古道中辺路を歩き続けていくと、
やがて山の景色が少しずつ開け、
熊野川の流れが見えてきます。

その先にあるのが、
熊野本宮大社です。

この日、空はきれいに晴れていました。

山道を歩き続けてきた身体に、
明るい空の光がどこかやさしく感じられました。

鳥居が見えたとき、
私の頭に浮かんだ言葉はただ一つでした。

「やっと辿り着いた。」

熊野古道を歩く巡礼者にとって、
熊野本宮大社は特別な場所です。

古くから多くの人がこの道を歩き、
ここで祈りを捧げてきました。

境内に入ると、
思っていたよりも人が多く、
外国からの参拝者の姿も多く見かけました。

熊野古道が世界遺産に登録されてから、
世界中の人々がこの道を歩くようになったと聞きます。

境内はにぎやかでしたが、
それでも熊野の山に包まれたこの場所には、
どこか特別な空気が流れていました。

私は社殿の前に立ち、
静かに手を合わせました。

ようやく、
ここにお参りすることができました。

熊野本宮大社は、
多くの人々が信仰を寄せてきた場所です。

そのことを思うと、
この場所に立っていること自体が
どこか不思議な縁のようにも感じられました。巡礼は「完歩すること」だけが価値ではありません。


大斎原

熊野本宮大社を参拝したあと、
私は旧社地である大斎原(おおゆのはら)にも足を運びました。

熊野川・音無川・岩田川の三つの川が合流する場所に、
かつて熊野本宮大社は建っていました。

その旧社地が大斎原です。

今、その場所には
巨大な鳥居が立っています。

高さはおよそ34メートル。

日本一大きいといわれる鳥居です。

近くまで歩いていくと、
その大きさがよく分かります。

思わず私は、
心の中でこう思いました。

「さすが日本一大きい鳥居だ。」

広い河原に立つその鳥居は、
熊野の空の下で
静かに佇んでいました。

かつてこの場所には社殿が並び、
多くの巡礼者が祈りを捧げていました。

一遍上人がここで悟りを開かれたとも伝えられています。

今は鳥居だけが立っていますが、
その場所に立つと、
ここが熊野信仰の中心であったことが
自然と感じられます。

私はしばらくその場に立ち、
静かに手を合わせました。

熊野巡礼の道は、
まだ続きます。

しかしこのとき、
私は確かに感じていました。

熊野巡礼の中心に、
今、自分が立っているのだということを。

第四章 雨の大雲取越

・雨の熊野古道
・滑る石畳
・荷坂峠

小口自然の家を出発したのは、
朝 6時30分でした。

空はまだどんよりとした曇り空で、
山の空気はひんやりとしています。

この日越えるのは、
熊野古道中辺路最大の難所、大雲取越です。

静かな山道を歩き始めてしばらくすると、
朝7時過ぎ頃から雨が降り始めました。

最初はそれほど強い雨ではありませんでした。

しかし、山の中に入ると、
次第に雨脚は強くなっていきました。

後から気象データを調べると、
この日の那智勝浦では
日降水量25ミリを記録していました。

午後には雨脚が強まり、
まとまった雨になった日だったようです。

熊野古道の石畳は、
雨が降ると一気に様子が変わります。

石は濡れて光り、
足を置くたびに滑ります。

慎重に歩いていたつもりでしたが、
二度ほど尻餅をつきそうになりました。

何とか踏みとどまりましたが、
そのたびに太ももの筋肉、
大腿四頭筋に強い負担がかかりました。

滑らないように踏ん張りながら歩くため、
脚の疲れはどんどん溜まっていきます。

それでも、
熊野の山は静かでした。

雨の音だけが、
深い森の中に響いていました。

そして、この日の巡礼で
一番大変だったのは、
山を越えた後でした。

那智大社を過ぎ、
那智駅へ向かう途中にある
荷坂峠です。

尼将軍供養塔の先の道では、
雨水が道に流れ込み、
まるで川のようになっていました。

道の形が分からないほど水が流れ、
足をどこに置けばよいのか判断が難しくなります。

私はストックを前に突き、
地面を確認しながら
一歩ずつ進みました。

そのとき頭に浮かんだのは、
ただ一つの言葉でした。

「ヤバい。」

しかし、
ここまで来てしまえば
もう戻ることはできません。

進むしかない。

雨の中、
滑る石畳と水の流れる道を
慎重に歩き続けました。

そして、峠を越えたとき。
胸の中に浮かんだのは、
ただ一つの感情でした。

ホッとした。
それだけでした。

しかしそのとき、
私は確かに感じていました。

熊野の山を、
一つ越えたのだということを。

第五章 熊野那智大社・青岸渡寺

大雲取越を越え、
長い山道を歩き続けた先に、
ようやく那智の山が見えてきました。

しかし、その日は朝から雨でした。

しかもただの雨ではありません。
土砂降りでした。

雨の中、熊野那智大社へ続く石段を下ります。

長い巡礼の道の疲れが身体に残り、
足はすでにかなり痛んでいました。

石段を一段一段下りながら、
身体はもうヘトヘトでした。

石段はまだ続くのか。

それでも、
ここまで来たのだから
下るしかありません。

雨に濡れた石段をゆっくり下り、
ようやく熊野那智大社の境内に辿り着きました。

社殿の前に立ち、
静かに手を合わせました。

ここまで歩いてくることができました。

半年前、
熊野古道を歩くことを断念した自分を思い出しました。

それでも今、
こうして那智の山に立っています。

そのことが、
ただありがたく感じられました。

青岸渡寺

熊野那智大社のすぐ隣には、
青岸渡寺があります。

西国三十三所観音霊場の第一番札所です。

堂内では、
ちょうど仏前結婚式が行われていました。

雨の中、
静かに式が進められています。

新郎は、
まだ若い僧侶の方でした。

巡礼の途中で、
こうした場面に出会うとは思っていませんでした。

熊野の山の中で、
新しい人生が始まろうとしている。

その光景は、
どこか印象に残りました。

那智の滝

那智大社と青岸渡寺の先には、
那智の滝があります。

落差133メートル。
日本一の落差を誇る滝です。

しかしこの日は、
土砂降りの雨でした。

滝の前には
多くの観光客が集まり、
とても賑やかな雰囲気でした。

そのため、
滝の姿を
ゆっくり味わうことはできませんでした。

それでも、
長い巡礼の道の先に
この場所に来ることができたことは、
確かな実感として残りました。

まだ巡礼は終わらない
熊野那智大社に参拝し、
那智の滝も見ました。

しかし、
巡礼はまだ終わっていません。

翌日は
熊野速玉大社まで歩かなければなりません。

熊野三山の巡礼は、
まだ続きます。

雨の那智の山で、
私はそのことを静かに感じていました。

終章 熊野速玉大社 ― 巡礼の結び

那智駅の近くで一夜を過ごした翌朝、
私は熊野速玉大社へ向かって歩き始めました。

熊野三山の巡礼は、
まだ終わっていません。

海辺を歩いていきます。

山の巡礼とは違い、
町の道を歩く時間が続きます。

それでも、
ここまで歩いてきた道の重みが、
身体の中に静かに残っていました。

王子ヶ浜を過ぎ、
街中を歩いて行くと
熊野速玉大社があります。

境内に入り、
社殿の前に立ちました。

熊野三山の巡礼が、
ここで結びを迎えます。

私は静かに手を合わせました。
長い巡礼の道でした。

春、
熊野古道を歩き始め、
剣山の急登で膝を痛め、
道の駅近露で歩くことを断念しました。

あのときは、
もう熊野を歩くことはできないのではないかと
思いました。

それでも、
再び歩き始めることができました。

筑波山でのトレーニング、
身体の使い方を学び、
そして再び熊野の山へ戻りました。

熊野本宮大社、
小雲取越、
大雲取越、
そして那智の山。

その道を歩き、
今こうして
熊野速玉大社に立っています。

熊野巡礼は、
よみがえりの巡礼ともいわれます。

ここまで歩いてきて、
その意味が
少しだけ分かったような気がしました。

巡礼は終わりました。

しかし、
人生の道は
まだ続いています。

特急くろしおの車窓から、光り輝く海面を見えました。

熊野の巡礼は終わりました。
しかし、人生の巡礼はまだ続いていきます。

合掌

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真言宗僧侶。
熊野古道・秩父などを巡礼しながら、歩いた道の記録を残しています。
カルチャーセンター講師として、仏教文化の講座も行っています。

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